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昨日、無事に舞台「忘れられない人」が大阪で千秋楽を終えられたと。
相葉ちゃん、おつかれさまでした! やっと映画も見ることができたので、ネタバレありまくりの感想ゴトを。 --忘れられない人 舞台東京楽&映画 感想ゴト。 ※映画もネタバレしますので、鑑賞予定の人はご遠慮ください。 (参考)10/22 初日舞台を観劇した感想ゴトはコチラ 映画は散漫で、あまり魅力がなかった。 いや、舞台があまりにも良く作り変えていた、と言うべきか。 相葉ちゃん云々抜きにして、舞台は映画の10倍良かった。 例えば映画のどんな点がイマイチだったかというと…… ●舞台の場合 アダムは、明らかに独特の空気をまとっている。 40分間、一言も発さない演出。 質素で生活臭のない部屋。 そんな、呼吸の音だけが響き渡る無機質な空間に入ってくる、 明るく快活なキャロライン。 アダムは彼女をどうもてなしていいのか分からず、 所在無い気持ちと、客人への精一杯の想いが行き着いた先が、 アイスクリームだった。 ●映画の場合 アダムが普通の人にしか見えない。 寡黙な描写も一瞬で終わるし、部屋も普通のごちゃごちゃした様子。 キャロラインが部屋を訪れた際に冷蔵庫からアイスクリームを取り出す仕草も、 一連の流れの中でかき消されてしまう。 よほど読解力のある人しか、アダムの気持ちを察することはないだろう。 このように、映画のエッセンスを抜き出し、より強調して功を奏した箇所が 舞台には沢山見受けられた。 結果、よりメッセージ性の強い、叙情的な舞台になっていたと思う。 ただ1つ、舞台化するにあたって不満なことがある。 初日の感想ゴトにも書いたが、アダムが子供時代に隔離された理由だ。 映画を観れば謎が解けるかと思っていたが、結局なにもわからなかった。 映画では「病弱故に、細菌感染を恐れて隔離された。 やがて人は誰も自分に近寄らなくなってしまった」と語られた。 納得できる。 舞台ではこの理由にもう1つ、「甘やかしすぎてダメな大人になるから、 シスター自身がアダムを皆から遠ざけた」 という理由が付け加えられている。 これが余計だった。 2時間も世界観に浸り、シスターはアダムの味方で、 温かい保護者だと思っていた観客を、ラストで裏切るような一言。 映画にはこんな台詞はない。 にも関わらず、あえて舞台でこの一言を挿入している。 その意図も、必要性もわからない……。 わかった人、教えて下さい m(_"_)m ●相葉ちゃんの演技 初日と東京楽を観させていただいて、明らかに変わっていたこと。 それは、アダムの顔が解けていくタイミングと、その回数の多さ。 初日は、ホッケーの場面までほとんど笑顔がなかった。 ホッケーの試合観戦の間に、徐々に徐々に笑顔になり、 最後はガッツポーズをして大声で叫んだ。 これに対し東京楽は、ホッケーまでの間にも笑顔が多く、 ホッケーの試合観戦中は、程度の差はあれど、ずっと笑顔だった。 これは、単に相葉ちゃんが初日に緊張していたからなのか、 途中で演出を変更したのか…… アダムの顔が解けていく様子とタイミングは、この映画の肝なので、 タイミングが少し早まるだけで、舞台の印象がだいぶ変わる。 結果、初日は重々しく叙情的な舞台に。 東京楽は爽やかささえ感じられる舞台だったように思う。 「やっと心が解け始めたのに、死んでしまったアダム」 「心が解けて、楽しい毎日を味わってから死んでしまったアダム」 ……この差は大きい。 私は初日の方が好きだった。余韻が心にずっしりときたから。 これは、好き好きかと思います。 ちなみに映画では、もっと早い段階からアダムは心を解いていて、 ダイナーの従業員やお客さんとトランプゲームに興じ、 皆の前でキャロラインとくっついたりハグしたりキスしたり、 とても楽しい毎日を送っている様子が描かれています。 --以上。 先日のSHO BEATで、翔くんが観劇した時の様子を話していました。 こんな感じ。 -- 燕の舞台も好きだったけど、今回のも良かった。 ただ、普段の相葉ちゃんとのギャップがそうさせるのかもしれないけれど、 すごく大事な場面、笑うような所じゃないのに客席が笑う。 それがすごく残念に思いました。 -- そうなんですよ。 笑うところじゃないのに、笑ってしまうんですよ。 身内感たっぷりな舞台だからこその現象ですよね、きっと。 思うことは。 これだけ素晴らしい舞台を成し遂げた相葉ちゃんには、 是非とも、ジャニーズ関係者やファン以外も多く観劇するような そんな舞台で、そんな会場で、また演じて欲しい、ということ。 相葉ちゃんの次なるステージに期待しています♪
by pokaru
| 2007-11-19 19:29
| 舞台
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